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東京高等裁判所 昭和57年(ネ)1678号 判決

昭和五七年(ネ)第一六七八号事件被控訴人・

同第一七一九号事件控訴人(以下「第一審原告」という。)

群馬県経済農業協同組合連合会

右代表者理事

官崎貴

右訴訟代理人

永野謙丸

真山泰

小谷恒雄

保田雄太郎

竹田真一郎

大島やよい

昭和五七年(ネ)第一六七八号事件控訴人・

同第一七一九号事件被控訴人(大村信用組合訴訟承継人)(以下「第一審被告」という。)

長崎県民信用組合

右代表者代表理事

小村勇

右訴訟代理人

豊沢秀行

主文

原判決を取り消す。

第一審被告は、第一審原告に対し、金五、〇〇〇万円及び内金三、五〇〇万円に対する昭和五二年一〇月一日から支払い済みに至るまで年五分の、内金一、五〇〇万円に対する右同日から支払い済みまで金一〇〇円につき日歩五銭の各割合による金員を支払え。

訴訟費用は、第一、二審とも第一審被告の負担とする。

この判決は、第一審原告において一、五〇〇万円の担保を供したときは、第二項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  第一審原告

1  原判決中第一審原告敗訴部分を取り消す。

2  第一審被告は、第一審原告に対し、金一、五〇〇万円及びこれに対する昭和五二年一〇月一日から支払い済みまで金一〇〇円につき日歩五銭の割合による金員を支払え。

3  第一審被告の本件控訴を棄却する。

4  訴訟費用は、第一、二審とも第一審被告の負担とする。

との判決及び仮執行の宣言を求める。

二  第一審被告

1  原判決中第一審被告敗訴部分を取り消す。

2  第一審原告の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、第一、二審とも第一審原告の負担とする。

との判決を求める。

第二  当事者の主張

一  第一審原告の請求の原因

1  (本件売買契約の締結等)

第一審原告は、昭和五一年四月一二日、長崎市に本店を有する訴外有限会社弘友物産(以下「訴外弘友物産」という。)との間において、第一審原告が訴外弘友物産に継続的に肉類を販売する旨の取引基本契約を締結し、これに基づいて、同月一五日から同年一〇月八日までの間に、原判決添付の取引明細書記載のとおり代金合計二億四、五五九万四、〇四九円相当の牛肉及び豚肉を訴外弘友物産に売り渡した(この契約を以下「本件売買契約」という。)。そして、訴外弘友物産は、同年九月三〇日までに右売買代金のうち一億四、六〇〇万円を第一審原告に支払つたが、その余の支払いをしないまま同年一〇月九日に倒産した。

2  (本件債務引受契約の締結)

訴訟承継前の第一審被告大村信用組合(以下「訴外大村信用組合」という。)は、訴外弘友物産が本件売買契約によつて第一審原告に対して負担する売買代金債務を保証するため、同年六月九日、第一審原告との間において、訴外弘友物産が昭和五二年四月三〇日現在において第一審原告に対して負担する売買代金債務につき五、〇〇〇万円を限度として重畳的に債務引受をすることを約した(この契約を以下「本件債務引受契約」という。)。

3  (本件弁済契約の締結)

そして、訴外大村信用組合は、昭和五二年八月九日、本件債務引受契約に基づく売買代金債務五、〇〇〇万円の支払義務のあることを認めたうえ、その弁済につき、第一審原告との間において、(一) 訴外大村信用組合は、第一審原告に対して、右売買代金債務五、〇〇〇万円を同年九月から昭和五三年九月までは各一〇〇万円、昭和五三年九月から昭和五五年七月までは各一五〇万円、同年八月は三五〇万円に分割して毎月末日限り支払う、(二) 訴外大村信用組合が右分割金の支払いを一回でも怠つたときは、当然に期限の利益を失い、第一審原告に対して残額金及びこれに対する期限の利益を失つた日の翌日から支払済みに至るまで金一〇〇円につき日歩五銭の割合による遅延損害金を支払う旨を約した(この契約を以下「本件弁済契約」という。)。ところが、訴外大村信用組合は、第一審原告に対して右分割金の支払いを一切しないので、昭和五二年九月末日の経過によつて、右期限の利益を失つた。

4  (本件貸付金交付契約の締結)

また、訴外大村信用組合は、昭和五一年六月上旬頃、第一審原告に対して、訴外大村信用組合は訴外弘友物産に五、〇〇〇万円を貸付けることにしていて、その貸付手続は既に完了しているが、訴外弘友物産への貸付金の交付は留保してあり、仮に本件債務引受契約による支払義務が現実化したときには、訴外大村信用組合は留保してある訴外弘友物産に対する右貸付金を直ちに直接第一審原告に交付する旨を告げて、本件債務引受契約とは別に、訴外弘友物産に対する貸付金五、〇〇〇万円を第一審原告に交付して本件売買契約による代金債務の弁済をする旨を約した(この契約を以下「本件貸付金交付契約」という。)。

5  (不法行為責任)

仮に債務引受をすることが訴外大村信用組合の定款の定める事業の範囲外であつて、本件債務引受契約が無効であるとすれば、訴外大村信用組合の代表理事である訴外時誠(以下「訴外時」という。)は、本件債務引受契約の締結に際して、同契約が無効であることを知り、真実債務引受をする意思がないにもかかわらずその意思があるかのように装い、第一審原告を欺罔して本件債務引受契約を締結させ、本件売買契約による訴外弘友物産の代金債務について担保措置が講じられたものと誤信させた。

また、仮に本件貸付金交付契約が無効であるとすれば、訴外時は、本件貸付金交付契約の締結に際して、真実そのような意思がないにもかかわらず、訴外弘友物産に対する貸付金を本件売買契約の代金債務の弁済のために交付する旨を約してその旨誤信させた。

第一審原告は、これらの結果、訴外弘友物産との取引を継続、拡大したが、訴外弘友物産が昭和五一年一〇月九日に倒産するに至つたため、売買残代金九、九五九万四、〇四九円の回収が不能となつたものである。

そして、本件債務引受契約及び本件貸付金交付契約の締結は、外形上、金融事業を営む訴外大村信用組合の目的の範囲内の行為又は代表理事の職務行為の範囲内の行為に当たるから、訴外大村信用組合は、民法第四四条第一項の規定により、訴外弘友物産から売買残代金の回収が不能となつたことにより第一審原告が被つた前記損害金のうち五、〇〇〇万円を賠償すべき責任がある。

6  (第一審被告の合併による承継)

ところで、訴外大村信用組合は、昭和五六年八月六日第一審被告と合併して解散し、第一審被告が存続組合として訴外大村信用組合の権利、義務を承継した。

7  (結論)

よつて、第一審原告は、第一審被告に対して、第一次的には本件債務引受契約又は本件弁済契約に基づいて訴外弘友物産の第一審原告に対する売買残代金中の五、〇〇〇万円及びこれに対する訴外大村信用組合が期限の利益を失つた日の翌日の昭和五二年一〇月一日から支払い済みに至るまで一〇〇円につき日歩五銭の約定割合による遅延損害金の支払いを、第二次的には本件貸付金交付契約に基づいて訴外弘友物産に対する貸付金五、〇〇〇万円及びこれに対する本件債務引受契約による支払義務が現実化した後の右同日から支払い済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを、第三次的には民法第四四条第一項の規定に基づいて損害賠償金五、〇〇〇円及びこれに対する不法行為後の右同日から支払い済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因事実に対する第一審被告の認否

1  請求原因1の事実中、第一審原告が訴外弘友物産との間において肉類販売の取引基本契約を締結して牛肉及び豚肉を訴外弘友物産に売り渡したこと、訴外弘友物産が昭和五一年九月三〇日までに一億四、六〇〇万円の売買代金を第一審原告に支払つたこと、訴外弘友物産が同年一〇月九日に倒産したことは認めるが、その余の事実は知らない。

2  同2及び3の事実は、認める。

3  同4の事実は、否認する。

訴外大村信用組合は、第一審原告にその主張のような約束をしたことがないのはもとより、訴外弘友物産に五、〇〇〇万円を貸付けたり、貸付手続をとつたこともない。

4  同5の事実中、訴外時が本件債務引受契約が無効であることを知りつつこれを締結したこと及び訴外弘友物産が昭和五一年一〇月九日に倒産するに至つたことは認めるが、その余の事実は否認する。

第一審原告は、本件債務引受契約が無効であることを知りながら、取引枠を超えた訴外弘友物産との取引を取り繕うための便法として、訴外大村信用組合の債務引受書を差し入れさせたものである。

三  第一審被告の抗弁

1  (権利能力・行為能力の欠缺による本件債務引受契約の無効)

訴外大村信用組合は、中小企業等協同組合法に基づいて設立された信用協同組合であつて、同法第九条の八所定の事業のうち定款に定めた事業を行なうことができ、その範囲内でのみ権利能力及び行為能力を持つものであると解されるところ、債務引受行為は、同条の規定及び訴外大村信用組合の定款の定める事業に含まれておらず、また、訴外弘友物産は訴外大村信用組合の組合員でもないのであるから、本件債務引受契約の締結は訴外大村信用組合の目的事業の範囲外であり、訴外大村信用組合はそれを締結する権利能力及び行為能力を欠き、本件債務引受契約は無効である。

2  (心裡留保による本件債務引受契約の無効)

訴外大村信用組合は、本件債務引受契約の締結に際し、それが同信用組合の目的事業の範囲外であつて、無効であることを第一審原告及び訴外弘友物産に説明し、その了解を得たうえ、訴外弘友物産が他の金融機関の支払保証書を差し入れることができるようになるまでの一時的、形式的な措置として、真実は債務引受の意思なくして、本件債務引受契約を締結したものである。そして、第一審原告は、訴外大村信用組合の右の真意を知つていたものであるから、本件債務引受契約は、民法第九三条但し書の規定により無効である。

3  (本件債務引受契約の無効による本件弁済契約の無効)

本件弁済契約は、本件債務引受契約が有効であつて、訴外大村信用組合に引受債務の支払義務があることを前提として、その支払時期、方法に関してなされたものに過ぎず、和解契約の性質を持つものではないから、本件債務引受契約が無効である以上、本件弁済契約も無効である。

4  (錯誤による本件弁済契約の無効)

第一審原告は、訴外弘友物産の倒産後、その従業員であつた訴外荒木宏彦に訴外子持食品株式会社の経営に当たらせて、その利益金より売買残代金の支払いさせて債権の回収を図ることを企てていたが、昭和五二年八月九日当時、右子持食品株式会社は既に倒産し訴外荒木宏彦は所在不明となつていたところ、第一番原告は、右の事実を知りながら、本件弁済契約の締結に際し、訴外大村信用組合に対して、右子持食品株式会社の事業が順調に進んでいる旨の虚偽の事実を告げ、あたかも訴外荒木宏彦がその利益金をもつて本件弁済契約に基づく分割金を支払つていくことができるものと訴外大村信用組合を誤信させて、本件弁済契約を締結させたものである。

したがつて、本件弁済契約は、その要素に錯誤があつて無効である。

5  (詐欺による本件弁済契約の取消)

また、第一審原告は、本件弁済契約の締結に際し、訴外大村信用組合に対して右のように虚偽の事実を告げて訴外荒木宏彦がその利益金をもつて本件弁済契約に基づく分割金を支払つていくことができるものと訴外大村信用組合を誤信させて本件弁済契約を締結させたものであるところ、訴外大村信用組合は、本件原審第八回弁論期日において、本件弁済契約が第一審原告の詐欺によるものであることを理由として、これを取り消す旨の意思表示をした。

6  (第一審原告の故意又は重大な過失による不法行為責任の不成立)

訴外大村信用組合が、本件債務引受契約の締結に際し、それが同信用組合の目的事業の範囲外であつて無効であることを第一審原告に説明したことは、前記のとおりであつて、第一審原告は、本件債務引受契約の締結が訴外時の職務権限内において適法に行なわれたものではないことを知つていたし、仮に知らなかつたとしても重大な過失があるから、第一審被告は、民法第四四条第一項の規定による損害賠償責任を負わない。

四  抗弁事実に対する第一審原告の認否

1  抗弁1の事実中、訴外大村信用組合が中小企業等協同組合法に基づいて設立された信用協同組合であることは認めるが、その余の事実は否認する。

債務引受行為は、資金の貸付に附帯する事業として、訴外大村信用組合の目的事業の範囲に属するものである。また、訴外弘友物産、その代表取締役の訴外田邊弘三、同取締役の訴外松元慶治、同従業員の訴外荒木宏彦は、いずれも訴外大村信用組合の組合員であつた。

2  同2の事実は、否認する。

3  同3の主張は、争う。

本件弁済契約は、本件債務引受契約とは別個になされた和解契約である。

4  同4ないし6の事実は、否認する。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

一請求原因1の事実中、第一審原告が訴外弘友物産との間において肉類販売の取引基本契約を締結して牛肉及び豚肉を訴外弘友物産に売り渡したこと及び訴外弘友物産が昭和五一年九月三〇日までに一億四、六〇〇万円の売買代金を第一審原告に支払つたことは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、第一審原告は、右取引基本契約に基づいて同年四月一五日から同年一〇月八日までの間原判決添付の取引明細書記載のとおり前後五九回にわたり代金合計二億四、五五九万四、〇四九円相当の牛肉及び豚肉を訴外弘友物産に売り渡したが、訴外弘友物産は、同年九月三〇日までに一億四、六〇〇万円の代金を第一審原告に支払つたに過ぎず、爾来九、九五九万四、〇四九円の売買残代金債務を第一審原告に対して負担したままであつたことを認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

そして、訴外大村信用組合がこの間の同年六月九日に第一審原告との間において本件債務引受契約を締結し、また、訴外弘友物産の倒産後の昭和五二年八月九日に第一審原告との間において本件弁済契約を締結したこと、しかるに、訴外大村信用組合は、本件弁済契約によつて約した分割金の支払いを一切しなかつたことは、いずれも当事者間に争いがない。

二ところで、第一番被告は、債務引受行為は訴外大村信用組合の目的事業の範囲外であり、また、訴外弘友物産は訴外大村信用組合の組合員でもないのであるから、訴外大村信用組合は本件債務引受契約を締結する権利能力及び行為能力を欠き、本件債務引受契約は無効であると抗弁するので判断するに、訴外大村信用組合が中小企業等協同組合法に基づいて設立された信用協同組合であることは当事者間に争いがなく、信用協同組合は、同法第九条の八第一項所定の業務及び同第二項所定の業務のうちその定款において目的として定めた業務の範囲内において権利を有し義務を負うものであるところ、〈証拠〉によれば、訴外大村信用組合は、その定款において、組合員に対する資金の貸付、組合員のためにする手形の割引、組合員の預金又は定期積金の受け入れ、金融機関の業務の代理、金融機関の業務の代理として貸付の事業の代理をする場合においてその貸付によつて生じる債務の保証、組合員に対する有価証券の貸付、国、地方公共団体その他営利を目的としない法人の預金の受け入れ、組合員と生計を一にする配偶者その他の親族の預金又は定期積金の受け入れ、これらの者に対する預金又は定期積金を担保とする資金の貸付を目的業務として掲げていることを認めることができ、金融機関の貸付業務の代理をする場含におけるその貸付によつて生ずる借主の債務を保証することのほか、組合員のためにする債務の保証(手形保証、民事保証)及び債務引受はその目的業務とはされていない。

しかしながら、法人の行為が当該法人の目的の範囲内に属するかどうかは、その行為が法令及び定款の規定に照らして当該法人が法人として活動するうえにおいて必要な行為であるかどうかを客観的、抽象的に観察して判断すべきであり、中小企業等協同組合法の定める信用協同組合制度の趣旨及び右にみたような訴外大村信用組合の事業目的によれば、訴外大村信用組合は組合員のために金融業務を営んでいるのであるから、訴外大村信用組合がその組合員のために組合員の債務につき保証行為をすることは、その事業に附帯する業務(同法第九条の八第一項第四号参照)として訴外大村信用組合の目的の範囲内に属するものというべきであり、また、組合員の債務について重畳的に債務引受をすることは、その実質において組合員の債務の保証行為となんら異なるところがないのであるから、同様に訴外大村信用組合の目的の範囲内に属するものと解するのが相当である。もつとも、〈証拠〉によれば、訴外大村信用組合の定款の規定は、同法第九条の八第一項第四号所定の事業を目的業務として掲げてはいないことが認められるけれども、同条第一項所定の事業は信用協同組合のいわゆる必要事業であつて、それが定款の規定上目的業務として掲げられているかどうかにかかわりなく、当然に目的業務に含まれるものと解すべきものであるから、いずれにしても右の結論を左右するものではない。

次に、〈証拠〉によれば、訴外大村信用組合は、その定款の規定によつてその組合員資格を長崎県大村市の区域に住所又は居所を有するもの並びに同区域の企業を行なう事業主、その家族及びその従業員をその組合員とするものとしているところ、訴外弘友物産は、その本店を長崎市に、支店及び営業所を東京都に持つに過ぎず、訴外大村信用組合の組合員資格を欠いていて、その組合員ではなかつたことが認められる。しかしながら、〈証拠〉によれば、訴外大村信用組合は、訴外弘友物産が第一審原告と取引を開始するに際し、その営業資金を融資する目的で、長崎県大村市に住所等を有せず組合員資格を欠く訴外弘友物産の代表取締役田邊弘三やその友人の訴外宮崎健三、同松尾勝太及び同山田庚平の名義をもつて合計約七、〇〇〇万円を貸し付けるなどして、実質的には訴外弘友物産を組合員として扱つて取引を行なつてきたものであることが認められるうえ、本件におけるように、信用協同組合が非組合員たる債務者のためにその債務を保証し又は債務引受をした場合において、右保証又は債務引受の相手方当事者が右債務者が非組合員であることにつき善意である以上、信用協同組合は、信義則上、右債務者が非組合員であつてその者のためにする保証又は債務引受がその目的業務の範囲内に属しないことを理由としてその効力を否定することは許されないものと解するのが相当である(最高裁判所昭和四一年四月二六日第三小法廷判決・民集第二〇巻第四号八四九頁は農業協同組合のした員外貸付を無効としているが、事案は員外貸付の悪意の当事者間において当該貸付の効力が問題とされたもので、本件とは自ずから事案を異にする。)。そして、〈証拠〉によれば、訴外弘友物産は、第一審原告と取引を開始するに当たつて第一審原告に提出した社歴書には訴外大村信用組合を取引金融機関の一つとして掲げており、また、訴外大村信用組合は、本件債務引受契約の締結に際して、訴外弘友物産が非組合員であることを第一審原告に告げたようなことはなかつたばかりか、かえつて訴外弘友物産が訴外大村信用組合の組合員であることを当然の前提とするかのように契約締結の交渉に臨んでいたため、第一審原告は、訴外弘友物産が訴外大村信用組合の組合員ではないことを知らなかつたことが認められる。

以上のとおりであるから、訴外大村信用組合は本件債務引受契約を締結する権利能力及び行為能力を欠き、本件債務引受契約は無効であるとする第一審被告の抗弁は、失当として排斥を免れない。

三次に、本件債務引受契約が心裡留保によるものであつて無効であるとする第一審被告の抗弁について検討すると、〈証拠〉によれば、次にような事実を認めることができる。

1  第一審原告との間の本件売買契約による訴外弘友物産の売買残代金額が予め当事者間において設定していた与信限度額を越えるに至つたところから追加担保として金融機関の支払保証書を差し入れるように第一審原告から求められていた訴外弘友物産の従業員の訴外荒木宏彦は、昭和五一年五月頃、訴外大村信用組合の代表理事の訴外時に対して、第一審原告に対する本件売買契約による売買代金債務の五、〇〇〇万円を限度とする支払保証方を申し入れた。これに対して、訴外時は、訴外大村信用組合の定款の規定上、支払保証は目的業務に掲げられていないからとして右の申し入れを断わつたところ、訴外荒木宏彦は、他の金融機関からの支払保証書と差し替えるまでの一時的な便法に過ぎず、仮に支払保証をすることが都合が悪いのであれば債務引受という形式でもよいとして、訴外大村信用組合の支払保証ないし債務引受を懇請した。そこで、訴外時は、やむなく本件債務引受契約の趣旨の記載のある債務引受契約書に訴外大村信用組合の代表理事として記名、押印し、これを第一審原告に差し入れるべく訴外荒木宏彦に託した。

2  本件売買契約による代金債務の担保として訴外弘友物産から右債務引受契約書の差し入れを受けた第一審原告としては、従前取引先から担保として信用協同組合の支払保証書を徴したことはあつたが、右が債務引受契約書という異例のものであつたところから、その従業員で財務課長の訴外贄田肇は、同年六月九日頃、訴外大村信用組合の意思を確認するために訴外時に架電したところ、訴外時は、債務引受行為は訴外大村信用組合の定款の規定上目的業務としては掲げられておらず、表沙汰にされては困るけれども、仮にこれに基づいて訴外大村信用組合が第一審原告に対して債務を弁済しなければならない事態となつた場合には、内部的には訴外弘友物産に対する貸付という形式をとることとし、既に担保も徴してあつて、そのための手続も完了しているので、特に問題はない旨を告げた。このようにして、第一審原告は、本件売買契約による訴外弘友物産の代金債務の担保として訴外大村信用組合と債務引受契約を締結することとし、右同日頃、前記債務引受契約書に記名、押印して、本件債務引受契約を締結した。

以上の事実によれば、訴外大村信用組合は、本件債務引受契約を締結することによつて、第一審原告に対する関係において、訴外弘友物産が本件売買契約によつて第一審原告に対して昭和五二年四月三〇日現在負担する売買代金債務につき五、〇〇〇万円を限度として債務引受をしてこれを弁済することを第一審原告に約したものであり、ただ、その内部的な処理としては、本件債務引受契約に基づく第一審原告への弁済を訴外弘友物産への貸付金とすることとしていたに過ぎないものということができるのであつて、訴外大村信用組合には真実債務引受の意思がなかつたものとすることはできず、第一審被告の前記抗弁は排斥を免れない。

以上の認定に反して、原審における証人時誠並びに原審及び当審における証人一瀬正路は、第一審被告の主張事実に符合する証言をするけれども、原審における証人贄田肇並びに原審及び当審における証人今泉浩哉の各証言によれば、訴外大村信用組合は、その後本訴提起直前の昭和五二年一一月頃に至るまで本件債務引受契約が無効であるとして抗争したようなことはなく、この間、第一審原告から求められるままに本件弁済契約を締結するなどしていることが認められるのであつて、これら事実に鑑みると証人時誠及び同一瀬正路の右証言は到底措信できず、他には前記認定を覆すに足りる証拠はない。

四さらに、本件債務引受契約の錯誤による無効及び詐欺による取消をいう第一審被告の抗弁について判断すると、原審における〈各証言〉によれば、第一審原告、訴外大村信用組合、訴外時及び訴外荒木宏彦はその後善後策を協議し、訴外大村信用組合の従業員であつた訴外荒木宏彦に訴外子持食品株式会社の経営に当たらせて、その利益金を訴外弘友物産又はその関係者の訴外大村信用組合に対する債務の弁済に充て、また、訴外大村信用組合は約弁済金を原資として本件債務引受契約による第一審原告に対する債務を弁済していくようにすることを企てたこと、訴外大村信用組合が本件弁済契約を締結するに当たつては右の計画の進捗に期待するところが大きかつたこと、第一審原告の従業員が昭和五二年八月九日に本件弁済契約を締結するべく訴外大村信用組合を訪れ、その際、訴外荒木宏彦が経営に当たつている訴外子持食品株式会社が順調に営業を継続している模様である旨を訴外時に告げたことがあること、ところが、右会社は結局経営不振に陥つて、右計画も画餅に帰したことの各事実を認めることができる。

しかしながら、訴外大村信用組合が本件弁済契約を締結するについて右の計画の進捗に期待するところが如何に大きかつたとしても、それは結局一つの思惑なり事実上の期待であるにとどまり、その思惑や期待が外れたからといつて本件弁済契約の要素に錯誤があつたということはできないし、また、第一審原告の従業員が訴外子持食品株式会社の営業が順調である旨を訴外時に告げたことは前記のとおりであるが、当時既に右会社が倒産しており、右従業員がその事実を知つていたにもかかわらず、虚偽の事実を告げて訴外大村信用組合を欺罔して本件弁済契約を締結されたものと認めるべき的確な証拠はなく、本件債務引受契約の錯誤による無効及び詐欺による取消をいう第一審被告の抗弁も失当である(そのほか、本件債務引受契約が無効であることを前提として本件弁済契約の無効をいう第一審被告の抗弁3が理由がないことは、いうまでもない。)。

五そして、訴外大村信用組合が昭和五六年八月六日に第一審被告と合併して解散し、第一審被告が存続組合として訴外大村信用組合の権利、義務を承継したことは当事者間に争いがないところであるから、第一審被告は第一審原告に対して本件債務引受契約に基づき訴外弘友物産の第一審原告に対する売買残代金中の五、〇〇〇万円及びこれに対する訴外大村信用組合が期限の利益を失つた日の翌日の昭和五二年一〇月一日から支払い済みに至るまで一〇〇円につき日歩五銭の約定割合による遅延損害金の支払義務を負うものである。

しかるに、原判決は、本件債務引受契約に基づく第一審原告の右金員の請求を棄却し、予備的請求の不法行為による損害賠償請求のうち損害賠償金三、五〇〇万円及びこれに対する昭和五二年一〇月二日から支払い済みに至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度でこれを認容したものであるところ、第一審原告の本件控訴の趣旨は、主位的には本件債務引受契約に基づく請求として、原判決の認容した右金額のほかに一、五〇〇万円の売買代金及びこれに対する右同日から支払い済みに至るまで一〇〇円につき日歩五銭の割合による遅延損害金の支払いを求めるものと解されるから、以上の趣旨を明確にするため、原判決はこれを全部取り消して、第一審被告に五、〇〇〇万円及び内金三、五〇〇円に対する右同日から支払い済みに至るまで年五分の、内金一、五〇〇万円に対する右同日から支払い済みに至るまで一〇〇円につき日歩五銭の各割合による金員の支払いを命ずることとし(なお、第一審原告の右主位的請求が理由がある以上、予備的請求は審判の対象たり得ないから、専ら右予備的請求にかかる第一審被告の本件控訴を棄却する旨の主文も掲げない。)、訴訟費用の負担については民事訴訟法第九六条及び第八九条の各規定を、仮執行の宣言については同法第一九六条の規定をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(香川保一 越山安久 村上敬一)

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